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行事を滞りなく終わるのは、当たり前ではなかったのか?
勤務校の卒業式が今日行われた。 式の内容はとてもよくて、一人一人の旅立ちを見守る雰囲気でよかった。 でも、準備も、段取りも、片づけもバタバタと、見苦しいものに終わった。初めてだ。こんなにどたばたは。
まず卒業アルバムに不手際があって、集合写真を急きょ撮り直すことになった。その為に、屋上にひな壇を、6年生を送る会が終わって15分で運ぶことになって運んで、さあポーズ!というときになって、雨が降り始め、撮れなかった。卒業式が終わってから撮ろうと言うことで、近くの教室から机を運んできたが、雨が止んだからやっぱり屋上で取ることになって、ぬれてしまったひな壇を拭く為に、雑巾を取りに行ってバタバタとふいた。
無事に写真が撮れてホッとして、子どもたちに花を渡す係の先生方が渡してもう子どもたちは解散のはずなのに、また戻ってきた。花の数が違っていて、他のクラスと交換すると言って回収した。それなのにまた足りないとって、、、何色でもいいだろうと、、私は思うけど、みんな同じ色にならないといけないと言ってバタバタとしている。
結局命令系統がたくさんになって情報が錯綜してこんらん。たかがチューリップ一輪渡すのにこんなに混乱したのは初めて。どうして数を確かめなかったんだろう?
ふつうは、クラス写真を撮ったらクラスごとに式場をでてクラスごとに解散して帰っていくのに、最後に体育館に集まってさようならをすると言ってまた戻ってくる。計画書にない。さようならと言ったら、その場での解散になるから、いつまでも体育館のあちらこちらでの写真撮影になった。イスや紅白幕などを片づけられない。
やっと1時に集合がかかり、お弁当を食べているときに、名簿か呼名のし方に間違いがあったらしいと言うことが聞こえてきた。
どうしてこんなに間違いが起きるのか。担当がそれぞれ責任を持ってチェックをしないのかなあ、とみんな思っただろう。、、がだれも言わない。もうとにかくこんなにまちがいがあったら、無事に乗り越えたことだけでも由としたいと思うのだろう、、と、思って、私も何も言わなかった。
でも、6年の学年主任の女の先生が、あいさつで、 「この学校で学年主任で6年生を出すのが2度目です。」と言った。
それなのに、こんなにミスがあるなんて申し訳ない、、と言う言葉ではない。
ああ、これが昨日からのどたばたの原因かなあと思った。
慣れや、傲慢が、ミスを呼ぶ。私は、私自身これを経験しているから、今回のどたばたの原因もそれかなあと予想する。
私は、なれているから、経験しているから、、とおもったら、人を頼りにしない。自分で出来るし、指示するくらいだから。それが続くと、周りの人は、その人任せになったり、手助けを申し出なくなったりするものだ。
がっちり学年で固まってスクラム組んで頑張っていたから、ついついいろんな確認が6年生に任されていたのだろう。係で、お花の注文をしたのならその人が届いたときに本数を確認して、どのクラスにするか書いておいたりすることを、6年生の先生が気楽に、 「クラスの色で配ってください。」と言ったその言葉だけで行動した。
あんなにバタバタさせて、6年生は、自分たちに協力してもらったけど、助けてもらったとは思っていないだろう。大きな違いだ。
仕事分担をきっちりやる責任感と、同じ係で協力する姿勢で動くことと、混乱したときに助けをお願いできる謙虚さと、組織で動くときにはどれも必要な資質だなあ、、と。
でも、全てに通じることは、やっぱり感謝出来る資質だと思う。
今まで、こんなにばたばたした卒業式はなかったので、ちょっと原因を考えてしまった。
人間、傲ってはいけない。謙虚であらねば、、と、若い学年主任さんに言いたかったけど、自分で気がつくときが来るだろうとおもって、言わないで、労いだけにした。30代。一番自信がついてくる頃だから、しかたがない。
テーマ:小学校 - ジャンル:学校・教育
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