breaktime
25年間の教員生活を一度退職し、また現場に。教職の大変さと楽しさを綴っています。

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プロフィール

Author:hakko
はっこ、と小さい時に父と姉に呼ばれていた。
多趣味だが、苦手なことも山ほどある。マイブームが周期的に訪れ、去っていく。ビーズアクセサリーは、10年くらいはまったまま。教師は天職と思っていたが、他にも大切なことがあることを知って、転職。食育に燃えていた。昨年度から、少し、子供に関わると、また、現場に戻りたくて、申し出て、やっているところ。



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やっとみつけたよ

娘のおかげでブログを開始できて嬉しい。教師をやっているときから、この子達のことを世の中にデビューさせてあげたい、せめて、こんな子達がいるんだよと一人でも多くの人に語ってあげたい、と思っていた。
本にするのに主人公がたくさんいすぎて迷うし、シリーズにするほど没頭できないし。それと発信目的が、一つでないので、まあいいや、と、うやむやにしているときに世の中ではブログが盛んになっていた。

何でも書きたいことをアトランダムに書けるのは、今の私にぴったりの場所ですね。

今の子ども達は、、とあきれられている報道を耳にするたびに、子どもらしい生活をしている子達もたくさんいるんだよ、と言いたい。そういう子どもを取材してあげてよ、と叫びたい。

やっと夢見た教師になって一学期で何十人も退職したという話を聞いた。かつての後輩に、私の経験を話して、まだこんないい思いを子ども達としたことがないでしょう?一度も経験しないで辞めたらもったいないよと話したことがある。その彼は、もう40代になって、立派にやっている。若い先生達に、教師の大変さとすばらしさも知って欲しい。

退職すると、先生の立場と保護者の立場の両方が見えてくる。どちらの味方をするのでなく思ったことが言える。これが一番の発見。

と言うことで、書きたいことを、教育に関連することに絞って書いていきます。書ける場所が見つかって本当にうれしい。

今日は、涙をのんでこれで終わりにします。娘が自分のブログの書き込みをしたいようなので、待っています。

あすから、、何から始めようかな、、楽しみ。

古きよき時代

初任の時、田舎の学校で5年生の担任になった。保健の先生がとても信頼されているベテラン先生だった。その先生に、とてもよくしてもらったなあ。
初めの一週間が大切だよ。あとからいくらでも緩められるから、最初にけじめをつけさせないと手に負えなくなるからね、と言われた。なるほど、最初に許したことを、あとからだめと言ったら、信用なくすなあ、と納得。
初めての授業は国語。詩の朗読をしてみんなで暗唱したことを覚えている。めちゃめちゃ緊張したよ。
たった一年間だったけどたくさんの思い出があるよ。

おばあちゃんに放課後見てもらっている女の子。良くできたねと何気なく頭をなでたことがその子にとってはとっても嬉しいことだったらしい。家庭訪問でおばあちゃんに感謝していると言ってもらった。そのとき、私は23歳。子どもは11歳。一回りしかないけど、この子達は子どもなんだ、と改めて知ったときだった。
その子だけクラスで全く泳げなかった。
クラス対抗水泳大会が町内で行われた。選手選びの時に、子ども達にどういう目的でこの大会に臨むのか聞いた。つまり練習体制をタイムのいい子を選んで徹底的に精鋭主義で指導して、クラスが優勝したいか、それとも、この機会にみんなが教えあってクラス力を高める練習をしてぎりぎりに選手を決めるか、と。
話し合った結果、全員放課後練習することになった。私も独身の上、水泳大好き先生だったから、毎日練習に付き合った。今こんなことができる学校は全国にどのくらいあるだろね。古きよき時代だよ。
結果はあの泳げない子も50メートル泳げて、全員リレーでは歩く子どもがいなかったから優勝。5年生4校8クラスくらいの中で優勝したんだよ。優勝をねらってなかったので私よりも校長先生が舞い上がって夜は宴会を開いてくれたよ。
まあ優勝したことよりも、遅くなって帰りが心配で田んぼの中を女の子を送っていったことをよく覚えている。今考えると私も危なかったんだなあ。

秋の陸上競技大会では、クラス1のいたずらっこをわざとリレーの選手に選んで放課後一緒に練習した。ふざけていて足を怪我したら、お父さんが握り寿司を持ってきて、みんなにうちの息子が心配かけたとあやまった。その子はそのころから落ち着いてきた。私が結婚して都会の学校に転勤した後何年か後に新聞にでたらしい。池に落ちた子どもを助けたと言うことだ。インタビューで、小学校の時にお世話になった先生もきっと助けたと思うと、池に飛び込んでいたと言ったらしい。それを聞いて私の方も背筋が伸びる思いだった。子どもに励まされますね。

選手をどう選ぶか、これ一つにしてもクラスの様子を見て担任は責任を持って決めて、学級経営に生かす。生かそうともくろむ。それを、客観的タイムで、誰にもなっとくのいく方法で、と、基準を数値化していく。任せてくださいという教師側の力量と、お任せしますという保護者の方からの信頼。両方ひつようで、難しい。でも今は、まず任せてみようと言うゆとりが保護者のかたのほうになさすぎるようなきがする。

好きなようにやらせてくれた方々に感謝。まだまだたくさんの思い出があります。

誰にでもある一年目。若い皆さんはどんな思いで終わられているのかきいてみたい。次につながる思いを残してもらいたいなあ。





教室の真ん中で

5年生の教室。一月に一度の席替えの日。たまには自分の好きな席に座らせてあげよう、ということにした。出席簿順に私とじゃんけんをして勝ったら、好きな席を選べる。
その時に教室のど真ん中にどかっと座った子がいた。蛍光色のジャンパーを着て、うつむいている。

ここからは、そのT君のつぶやき、、、、

カタカタとよく動く机。うるさいなあと思いながら振り向くと、僕を見る目に出会う。僕は、この目を見るとほっとする。いつからだろう、この気持ち。5年生の夏が終わる頃、何を見てもしらけて、友だちの声にはいらだち、僕は教室のど真ん中に座っていた。

「やーい、サッカー弱いなあ。それでも先輩づらしている。」
「俺らは、正々堂々と戦うんだよ。結果にこだわらねえんだよ。」
 何の騒ぎかと思い、顔を上げると、隣の校舎から4年生の生意気な奴らの顔が全開した窓に並んでいた。僕は、また始まったかと少々あきれながら眺めている。
 
 これでも運動もまあまあできる元気な小学生なんだ。昨日の放課後、運動場で一緒になった4年3組の奴らと僕ら5年2組の遊び仲間が、遊びでサッカーのゲームをしたんだ。でも、3対0で何と僕ら5年生が負けてしまったんだ。それを今朝になって、朝自習の時間なのに、こともあろうに下級生が冷やかしてきたんだ。あちらは少年サッカーチームに所属している子が多い。こちらはほとんど、野球少年だったんだ。

 放課後、気分転換でボールを蹴っていたら試合を申し込んできたので受けてやっただけなのに。僕は人数調整だけで入ったから勝負に全くこだわらなかった。この時は。いつもの僕なら悔しくて、何か言い返してやるくらいの元気はもっているんだが。

 僕らの仲間のHはそうはいかない。、、、、

テーマ:小学校 - ジャンル:学校・教育


教室の真ん中でーサッカー編続き

 僕らの仲間のH君はそうはいかない。少年野球の次期ピッチャー候補で、威厳を保ちたいと思っているときなんだから、朝からの冷やかしは完全に頭にきたらしい。窓から顔を出し、真っ赤な顔で応戦していた。あーあ、このままだと今日の放課後はリベンジのために、又呼び出されるんだろうな、どうせ負けるのに、やめればいいんだ、と思っているところで急に静かになった。周りで騒いでいた奴らももう席に着き始めている。
 そうか、もう朝自習は終わり、担任がやってくる時間なんだとすぐわかる。何しろ僕らの担任は、僕らを信じ切っているから、こんな失態、朝から大騒ぎしている姿を見せたくないんだよな。
 H君だけが取り残されたように、窓からまだ叫んでいたが、先生が入ってきてしまった。
「おはようございます。今日も元気なようですね。下から騒いでいるのが見えましたし、何と言っているのかも全部聞こえましたよ。、、、、
何だって?あなた達、4年生に負けたの?恥ずかしいね、からかわれるの、当たり前じゃない。悔しかったら練習すればいいし、サッカーで負けるのならいいやと思えば、ピッチングの練習にもう少し励むよね、Hくん。」
 いつもこうなんだ、この先生には軽くかわされてしまう。騒いだことは怒らないで、中味で勝負されるから、みんないい訳もしようがない。
でもいいんだ。今日の体育は、ハードル走がなくなって、きっとサッカーになるよ。4年生に負けて一番悔しいのはこの先生なんだ。

 僕は、このごろどうでもいい、と思って、しらけているとき、現実に引き戻されるような錯覚に陥る。まだやれるかも、まだ僕にもチャンス
があるかも、と期待する瞬間が楽しみになっている。素直に、明るく、挑戦したいのに、挑戦するたびに、自分の実力を見せつけられる。
 でも、、、、

テーマ:子育て・教育 - ジャンル:学校・教育


教室の真ん中でーサッカー編続き2

 今朝もどうでもいいやと思っていたんだ。
 でも、ハードル走の記録を更新したいという願いも心のどこかにありながら、きっと無理なんだろうな、いつものことさ、と今朝から思っているときに、体育の授業がサッカーになることは嬉しいよ。自分から逃げるんでなくてさ、誰かの力で、記録へのちょっとしたこだわりを忘れさせてくれたんだ。
 この頃の僕ときたら、小さな挑戦、それも僕だけの心の中で起こる挑戦にはほとんど失敗しているんだ。ちょっと先延ばしになっただけだけど、少しほとして、今日一日、教室に座っていられるよ。

テーマ:学校での出来事 - ジャンル:学校・教育


教室の真ん中でー算数の時間編

「昨日、俺、ケーキ12個食ったよ。」
 ひろべえの声。そんなのじまんするのバカだよ。だって、彼は、5年生で体重がもう50キロを超えているんだよ。皆、彼を痩せさせようとして、休み時間にはドロけいに誘っているのに。せめて、5個くらいにしておけよな、と思った時、先生が思いがけないことを言った。
「えー、ひろべえ、もしかしたらバス停の近くのケーキ屋さんの食べ放題に行ったんですか?どうして先生も誘ってくれなかったんですか?罰として、今日は、ひろべえへの意地悪算数です。」
 意地悪算数は、集中していなかったり、私語をしてみんなに迷惑をかけたりした子どもに対して行われる罰で、その日の算数の時間中、ことごとく当てられる羽目になるんだ。
 
「ひろべえは、ケーキを先生に黙って、12個食べました。通常一個250円ですが、食べ放題なので、1000円でした。そうだね、ひろべえ。他に行った人はいませんか?あー卓も行ったんですか?先生に黙って8個食べたそうです。これも全て一個250円ですね。さ、二人は、今日先生と行くよりも、いくら得をしたでしょう?」
 
 僕らが、こんなくだらないもんだいの計算式に頭を悩ませている間に、先生は、ひろべえのところに行って、
「これができないと、もう食べ放題に行っては行けませんよ。」
なんて、おどしているんだ。250円出して一個だけ食べなさいというより、算数の苦手なひろべえにはダイエットになるよと思っていたのに、又先生はこんなことを言った。

「二人とも得はしていません。小学生が1000円も支払うのは、ばかげています。子どもだけで行かないで、大人を誘っていくものですよ。ただで食べるのが、一番得と言うことです。」

 僕は、教室の真ん中で、先生の言葉を信じて、一生懸命計算式を考えていたのに。でも12個も食べたひろべえの真似はできなくても、誘われなかったことに、少し苛立っていた僕は、1000円支払わなくて良かったと思えたんだ。これで素直に、ひろべえに休み時間に聞けるよ。どのケーキがお勧めかを。ちょっとほっとして、休み時間まで、今日も教室に座っていられるよ。

 それにしても、先生は、余程ケーキの食べ放題に行きたかったんだなと、いつもしらけている僕が、にやりとしたよ。  

テーマ:小学校 - ジャンル:学校・教育


教室の真ん中でー席替え編

 今日の僕は、教室の真ん中の自分の席をじっと見つめている。席替えの時間なんだ。この頃の僕は集中していないから、きっと一番前の席になるだろうと覚悟しているんだ。
 
 今月は、学習月間と先生は勝手に決めている。お楽しみ集会もなく、絶対算数の時間はなくならないで、漢字テストが毎日あるんだよ。満点とらないと、放課後のサッカーもなくなるんだよ。詩は暗記させられるし、帰りの会の日記の時間も決してなくならないんだ。時々引き締めないと、学校は、遊びと給食を食べるところと思っている僕らに明日はない、と思っているらしい。

 そんな月が、以前は、ちょっと気分転換になって、頑張る気持ちになっていたんだけど、今の僕は、ちょっとうっとうしい。先生がお節介に思える。放っておいてくれよ、きまぐれで、急に厳しくしないでほしいよ、と反発したい気分なんだ。
 前回、ちょっと頑張ろうと思って、毎回漢字練習してテストに臨んだんだ。やっただけのことはあり、毎日小テストでは100点とれたんだ。でも、僕が頑張っても、僕の遊び仲間が残り勉になり、いつもサッカーができないんだ。成績のいいクラスの友だちは、いい奴らで、僕を誘ってくれるんだけど、何か素直になれなくて、断ってばかりいた。僕の方で壁を作っているのはわかっているけど、素直に」なれない。素直になれない自分が本当は一番いやなんだけど。

 今回の席替えは、先生が一人一人決めていく。くじではだめなんだって。たまには偶然の必然性を楽しみなさい、と言って、くじ引きで席が決められるんだけど、学習月間は、先生がきめるらしい。教室環境は先生の責任なんです、と言い切る。

 あの真ん中の席は、、、

教室の真ん中でー席替えの続き

 あの真ん中の席は、みんなのじゃまにならないおとなしくて、真面目な女の子が来るのだろうと思っていた。よく発言するやつはうるさくて目障りだ。私語の多いやつも授業のじゃまになる。そういうやつは、必ず先生の真ん前の席になるんだ。すぐ頭を押さえられるように。先生は、私語をする子は甘えん坊だ、だって、先生に頭をなでられたいんでしょう?とふざけた口調で言っているけど、案外あたっているかもしれない。本当は、僕も甘えたいけど、私語をする勇気もないんだ。

 とうとう僕の番になった。先生と目があった。どこに行きたいか、聞いてよ先生。でも聞かれたら、本当はどこがいいんだろう。自分の姿を見られたくないんだ、本当は。みんなが見渡せる一番後ろの一番端がいいんだろう。時々、校庭の木を眺めていられる席。あの席が最高なんだけど、でも、僕は、真ん中を選ぶんだ。どうしてかって?こんな僕に気づいてほしいんだ、誰かに。好きな女の子がいるわけではないんだ。何かにいらいらしている僕に気づいて欲しいだけなんだ。でも、気づいて欲しいなんてことも気づかれないようにしているんだ。
 
 それなのに、なぜか、、今度も僕の席は教室のど真ん中になった。さり気なく、当たり前のように、先生は、僕をあの席に決めた。

 翌日から、僕は、すごく目立つ蛍光色のジャンパーを着て、教室のど真ん中に座った。

テーマ:学校での出来事 - ジャンル:学校・教育


ちょっと、ブレイク。

 break time,,,ちょっと休憩して、今までの自分を振りかえったり、このブログをたまたま開いた人が、コーヒーを飲みながら、へーと気軽によんでくれたらいいなあ、と思ってつけたタイトル。それが、意味を調べると、中断する、ということだった。ちょっとニュアンスが違うなあ、と思いながら、やっぱりつけてしまった。
 でも今はこれがよかった、と思える。なぜかというと、このように真面目にずっと教室の出来事を書いていても、気まぐれや、気分転換で、これまでの内容を中断して勝手なことが書けることがわかった。これこそ、break time, だわね。
 また、学校を辞めて、食育の啓蒙活動をしていても、辞めたはずの学校に頼まれて、たまに非常勤で出かけている。
 私って、仕事も中断、して、他の仕事してる。休憩して遊ぶのでなく、何かしてる。辞めてしまうのでなく、中断なのだ。
 お願いだから、中途半端、と言わないで、、

 学校を辞めると、みんながうらやましがって、飲んでは私に愚痴を言う。だったら辞めれば、と言いたいが、本当に辞めたいと思っているわけではないことがわかっているから、黙って聞いててあげる。

 最近、愚痴を言った先生に私が言った言葉。(その先生は、愚痴ではなく、自信をなくして、弱音を吐きっぱなしだったが。)
  
 私は、それができないのよ、という言葉を、私は一回聞くだけだけど、あなたは5人の人にいうと、自分の耳は5回聞いたことになるよ。
そんなことを繰り返していたら、本当にだめな先生になってしまうよ。今日から、できない、やれない、だめだという言葉は口から出さないで飲み込もうよ。できないと簡単に言って、やらないことのいい訳をしているみたい。お給料をもらっているんだから、やりたくないことからやっていけば、、と、初めてきつく、そして優しく言った。
 子どもでもしかりっぱなしはだめだけど、大人も人間。それから、毎日、具体的にどう動くか、どう仕事するのか、電話でアドバイスした。
5日程たって、少しずつ仕事が片づいて頭がすっきりしてきたのか、笑顔が出てきた。  よかったなあ。

 こんな内容は、ちっとも休憩にはならないけど、まあ教育関係のブログだから、これでいいのかもね。




教室の真ん中でーハードル走編

 就職活動と国家試験の為に真面目に勉強などしていて、一日パソコンを使っている(と私は思いこんでいる)娘のインターネットの線を中断されるのを待って書いていたら、毎日12時をまわってしまった。早寝遅起きの私にはえらい痛手になってしまった。コンタクトをはずさないで書き出したら夢中になって、目を酷使。でも昼間、講演会に行ったり、鎌倉や江ノ島散策にでかけたり、映画を見に行ったり、サッカー観戦に行ったりしているので、家にほとんどいない自分がいけないんだけど。
 というのは、言い訳です。こんなに書いているけど、誰か読んでくれているかなあ、とふと思ったら、筆が進まなくなった。
 でも、すねている場合ではないんだ。筆が進まないなんて言葉も死語になりつつある現代で、又、砕けた文章が氾濫している現代で、ちょっと真面目な文章も必要かなと、思った。うーん、一人でもいいんだ、世の中には、物事を、真っ正面から捉えて一生懸命に生活(仕事)している大人がいることに気づいてもらいたいんだ。

 こちらがそう思って生活していると、ちょっとした場面で、逆に若者が頑張っている姿に気づいて、感激と感謝が生まれる。
 例えば、美容院で、20代の男の子が、どうしようもない私の髪をどうしたらステキに見えるようになるか考えてくれて、セットの仕方までアドバイスしてくれる。ひざまずいて、目線を同じにして笑顔で接してくれる。あれえ、これって私たち教師がいつも子どもの目線で見なさいと、よく言われていたけど、この子、私に同じことしてくれている、と感激。友だちに話すと、仕事だからそんなことにいちいち感激しないのよ、かわいい男の子だったんじゃないの、。なんてからかわれたけど。

 まあ私が面食いかどうかなんてことは世の中の人には関係ないから、そろそろ教室の真ん中でーの話に戻ります。


 延ばし延ばしになっていたハードル走の記録会がやってきた。自分に挑戦というやつだ。
 50メートル走のタイムにどれだけ近づけられるかが目標だ。友だちとの競争でないから、やりがいがない、と初めは甘く見ていた。しかし、自分のタイムを縮めるのも簡単ではない。ハードルの跳び方やハードルの位置も工夫しなければならないけど、すごい記録を出したともだちがいたから、並のやりかたでは認められない。やはり、いい記録を出して、友だちや先生に認められたいんだなと思っている。
 でも、日記には、友だちがやれたことに、僕も少しでも近づきたい、と書いた。
 ともあれ、50メートル走との差を一秒以内にしたいんだ。
 雨の日の休み時間に、友だちを巻き込んで、ストレッチ、もも上げをやり、腕の振り方を研究した。着地したときに足腰を鍛えたらいいと聞いたので、朝少し早く登校して、運動場を走ったよ。

 記録会では、少し不安もあったけど、気軽にハードルを楽しんでいる級友の陰で、ポーカーフェイスを保ちながら、順番を待った。トイレに行きたくなったけど、言えなかった。

 僕の番になった。
 

テーマ:小学校 - ジャンル:学校・教育


教室の真ん中でーハードル走編

 僕の番になった。一番足の速い友達が、隣のコースを50メートル走してくれた。僕に追いつこうと思いながら走ったら速く走れるかもしれないよ、と協力をかってでてくれた。まだ、この頃は、僕は、その友情を素直に受け入れる余裕があった。努力すれば何とかなると信じていたときだ。
スタートした。練習で身についた腕のふりかたで上体が安定し、ハードルを一個も倒さずにきれいに着地できていた。走るのが気持ちよかった。ゴールしたとき、ああ、記録は聞きたくないよ、と先生に言った。
「今の気持ちを日記にのこしておきなさい。」という返事だけだったので、今も結果を知らない。僕は、久しぶりに、練習していた自分を好きに思えた。
 結果は聞かなくてもわかっている。そんな短期間で、タイムがのびるわけがないんだ。そのくらい、僕でもわかるよ。でも、5年生になって、僕は、とにかく何でもちょせんしたくなっていたんだ。もしタイムを聞いていたら、その努力もむなしく思いそうで、拒否したんだ。
 
 あの時、現実を素直に受け止めて、自分に似合った位置で活動すればいい、というあきらめがあれば、あの後、こんなに悩んだ時期が来なかっただろうな。

テーマ:教師 - ジャンル:学校・教育


先生の脳内年齢

 最近やたらと脳内年齢のことが話題になっている。退職して、いろんな気づきがあるが、カラオケに行かない限り、大きな声で歌わないことに一番初めに気がついた。小学校の先生は、歌が下手でもそのうち上達しますね。毎日子どもと帰りの会で歌ったり、音楽の時間には、お手本で歌ったりしていたから、音痴の私もだんだん音がとれるようになったんだなと、辞めてから気がついた。今思えば恥ずかしい。自分はきれいな声で歌っているつもりになって、歌って見せたりした若い頃。今はCDがあるから、それをかけてこのように歌うんですよ、と言えばいい、と、20年くらいたってから、同僚に教えてもらった。でも何だか味気ない気がして、相変わらず、地声で歌ったなあ。辞めてから、友だちと(と言っても、現役の先生方)カラオケに言って、ああ、のどが鍛えられていない、大きな声を張り上げられないよう、と気がついたのだ。

 でも脳内年齢測定器のお試しをやったときに、30代という判定が出て、母に話すと、ずっと教師をしていたから、頭を使っていたんだねえ、といわれた。
 この話を59歳のあと一年で退職する尊敬している先輩先生に話すと、私も息子が持っていた簡単な測定器でやってみたら、20歳という結果が出たよ、と言った。
 すっごーい。

 その先生は、一年生のクラスの子どもに、先生の年齢は20歳よと、堂々と言えている、とわらっていました。59歳でも、現役先生には負けた、と思ったね。

 でも、この先生みたいに、元気で子どもに向かえないと、子どもは不幸。ほとんどの先生は、疲れてよれよれな感じ。この先生は、笑いじわを気にするほど、明るくて前向きなとらえ方をする先生、と言うより良き先輩でした。この先生のことは、又、機会を見つけて、書きたいと思います。

 ここから本文にするにしては、書きすぎたので、もう少し、脳内年齢のことを。
 
 今は、呆けると言わないですね、認知症にならないための3箇条を聞いた。
 1.一日10分以上の対話をすること。
 2.散歩をすること
 3.えいようのバランスのとれた食事、特に、大豆蛋白を摂ること

 私は、仕事を辞めた年に、冬のソナタにはまってしまって、20話で完結するドラマのDVDを10回見てしまった。自分でもあきれたね。
 この時に思ったよ。人と会話しなくなった。テレビの前で何時間も。そんなときに食事会に呼ばれても、なぜか聞き役。2年くらいその時に放映された韓国ドラマを全て見たけど、やはり、人間は取り入れる許容量があることに気づいた。自分が発信しなくては、消化されない。やはり、感想やら、料理のことや、文化のことを話さないと、頭がパンクしそうになった。、、やはり、対話が大事、人と会って話さなくては、と思ったら、それから、ぴったりと見なくなった。大好きな、イ、ビョンホンのポスターもはがして、携帯の待受画面からも消してしまった。

さあ、会話を積極的にしようと思ったら、これまたいろんなことに気がついた。先生って、一方的に講義や意見は言えても、雑談はにがてなんだなあと。又、相手が、同僚ではないことが多くなったときに、話題の選び方も難しい、と言うか、失敗ばかり。だんだん、又、聞き役になっていった。今は、円滑な会話の修行中。

 一日10分以上の会話は、でも必要だから、外に出たら、必ずご近所の方に挨拶して、ちょっとでも話す癖をつけてます。

 教室で、授業をして、子どもの答えを聞いたり、質問に答えたり、こどもの訴えを聞いたりすることと、様々な経歴の持ち主と雑談をすることとは目的が違うから、どうしても、井戸端会議的な雑談が苦手。
 その中で、最近、改めて気がついたことは、大きな声で話す人が、人の話に耳を傾けない人で、ある疑問を持ったときに雑談の中で話しても、それが正当なとらえ方になって批判が確立するということだ。学校なんて簡単に話題になって、いつも批判的な話ばかり。そんなことないよ、と言っても、大きな声を出さない私は、負けてしまって、不当な批判がまかり通る。ああこういう方達の意見が現場に届いたときに先生方は、振り回されるんだなあ、とおもった。こういうときに頑張って、そうでないとらえ方もあると言うことを話せる自分になりたいと思います。
 とにかく、対話が大切だと言うことで、現役の先生方は、ご自分の修行とともに、子ども達も、休み時間、会話に入りきれない子がいることに、気づいてあげてください。そして、気づいたら、まず、先生と雑談してあげてください。その時に、担任として、又その子の新しい発見がありますね、きっと。

 まとまらなかったな、今日は。テーマを絞って書くのは得意なんだけど、やはり、雑談は、苦手、かな。いい天気なので落ち着かないのかも。

スポーツクラブから帰ってきて、読み返していたら、ふと、わかった。
会話と対話の違いが。会話は数名いじょうの方達との話し合い。対話は、二人で話すこと。違うかなあ。どちらにしても両方大切だけど、教師は、と言うか、私は、対話はとても得意。でも、会話は苦手、と言うことになる。なんか、すっきりした。

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教室の真ん中でーミニ集会編

 うっとおしい雨。もっと小さい頃は、水たまりに平気で入って遊んだ。長靴を履いて、ばしゃばしゃと足踏みするだけでも楽しめた。今は、雨の為に体育がつぶれるだけでも、算数の問題なんか解く気にもならない。ましてや、主人公の気持ちを想像しろ、なんて言われても、僕の気持ちを想像してよ、と叫びたくなる。

 でも、今日は、なぜか先生が、急に、朝の会で、ミニ集会の提案をしてきた。すぐ決められるなら、雨でつぶれる体育の時間に教室で遊んでいい、ということになった。名目は、体力作りと、チームワーク作り。 僕は、久しぶりに、というか、反射的に、
「僕が司会します。」
と、叫んでいた。このくらいのことなら、まとめることができる。
 今の自分に挑戦だとおもった。提案者も僕。正統派の友達が、先生の立場を心配して反対するような内容を提案した。教室を走り回るゲームを取り入れたんだ。
 しかし、それが決まってしまった。
 小心者のぼくの方が困ってしまったが、先生が、にこにこしているから、何とかなると、居直った。

 グループ分けやルール作りをレク係の友達に手伝ってもらって、休み時間に決めた。画用紙にメンバーを書いて、黒板に貼り付けておいた。
今日のみんなは、文句を言わない。なぜだろう?僕を信用してくれているのだろうか、と少し嬉しくなったとき、
「こんな時に文句を言って集会ができなかったら、きっと先生は、意地悪算数をやり始めるね。」という声が聞こえた。とりあえず、協力しよう、ということらしい。少し、不安になり、終わるまで、落ち着かなかった。

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教室の真ん中でーミニ集会編続き

 5時間目の集会が終わった。給食の時間にチーム名を決めたグループもあった。ダンスクラブの女の子は、ポンポンを
取り出して、踊り出していた。ひどい大騒ぎだった。隣のクラスに悪いからと、窓とドアーを締め切りにしてやろうと思っていたら、先生が、体育館を借りてくれていた。朝の会が終わってすぐ先生が、他のクラスの先生に交渉してくれていたらしい。
  
 楽しかった。外が雨というのが、また嬉しかった。うっとおしい雨が、今は、落ち着いて、日記を書く気にさせてくれる。
 皆、笑顔だった。他の誰かがしかいした集会でも、成功しただろう。でも今日は、この僕が提案したんだ。順位がつかないことなら、もう少し挑戦していかれる気がした。
 
 蛍光色のジャンパーを着た僕に今日はみんな声をかけてくれた。

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今日から学校にお仕事に、、、

 一年ぶりに、子ども達の前に立ちました。週2日、非常勤で、授業をすることになりました。
 改めて、先生達が忙しそうに動き回っている姿を目の当たりにして、大変なお仕事だと思いました。朝から縦割り集会。その後、1時間目。私の授業。挨拶をして、話の聞き方などの話をして、自己紹介をしあって、さあ、かきかたノートを出して書き始めたら、2時間目は交通安全教室なのでもう運動場に出さないといけないから、と言われ、慌てて2行だけ書いて、終わった。子どもも大変。
 
 初任の先生のクラスの授業をして、給食と掃除を一緒に指導した。最初が肝心なのに、10日過ぎてからでは、修正するのが大変だ。委員会も予算や配当の関係で4月当初からできないと言っているけど、あの10日間をいっしょにみていかれれば、少しは楽に過ごせるのになあ、と思う。

 教師は、演技者でなければいけない、と言われていた。大げさに誉めたり、おどけたり、がっかりして見せたり。又、そう、という言葉一つとってもいろんな表現方法があるだろう。
 又、文章を読むときに間合いが大切なのと同じように、30人の子どもの前で、どう間(ま)を取るか、工夫のしどころだ。
 同じ口調、同じスピードで話すと、子どもは、聞かなくなる。
 急に小さな声で話すと、聞いていない子も聞こうとするのがかわいい。
 話し始めて、半分以上の子どもが、手遊びしていた。あちゃー、こりゃあ大変だ、と思って、話の聞き方からはじめた。今日は授業は二の次でいいとおもった。
「先生は、一日中でも待てるんですよ。給食も食べなくても我慢できるんです。ずーと、待ってあげます。でも、待つ時間がもったいないと思った人から、お友達に声をかけてあげてくださいね。」
 と言ったら、1年生でも、6年生でも、声をかけるようになりますね。その時、背筋を伸ばして、先生も動かない。じっとして、待つんです。今日の子ども達も、声をかけ始めて、前を向くようになりました。この先生は、手遊びは見逃してくれないことが、5分でわかったようです。
 落ち着いてから、始めた授業は、成功します。今日の図工は、すばらしい作品ができました。みんな初めはすねた顔で手遊びばかりしていたのに、夢中になって作り始めて、目がきらきらしていた。
 
 給食の配膳の仕方一つにしても、何をどこに置くかなんて、初任からうまくいくわけがないし何でこんなにめちゃめちゃになるのかもわからないだろうな、と思う。しかたがないんですよ。こんなことで自信をなくしたらだめだよね。ゴミが落ちない、教室が汚れない工夫。あるんだけど、あれもこれも言ったら、自信なくすから今は黙って、さり気なく少しずつ、アドバイス。

 あーあ、でも、やっぱり小さな子どもの相手は大変だ。帰りの会の時は、声がでなかったよ。一日で。如何に主婦でいると、声を張り上げていないか、というより、口先だけで声を出していて、のどを使っていないかが、わかったことが、きょうの収穫かな。

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ちょっと反省

 疲れている時、子どもはおしゃべりになる、とよく言われる。月曜日は、一番疲れている。いろんな原因があるが。疲れていたら、話す気がなくなるのは、大人。子どもは、逆に落ち着かなく、おしゃべりになる。目一杯動いて、夕方に高熱が出るのと同じなんだろうな。
 私の、場合も、いつも子どもと同じようになる。大人なんだけど、目一杯動いて、倒れる、というか、熱を出す。だから、疲れたときは、判断能力のないまま、動いているので、失敗をする。
 学校に行って、疲れて帰り、コーヒーをいれて、のんびりすればいいのに、今日の出来事を書きたくて、ブログに書いた。書き終わって、何だかすっきりしない。なんか、傲った文章や言い回しがあったなあ、と。元気なときは読み返すのに、そのまま送信して、友達に話すと、やはり、気にしていたところがひっかかった。
 調子に乗りすぎたら、他人に手厳しくなる悪いところ。自分の一番嫌なところです。、、高熱が出ても個人面談を止めるわけにはいかず、その日も、10人ほどお母さんと面談を行ったときがあった。もうこちらは、頭がもうろうとしているから、にこにこしているのが精一杯。頷いてお母さんの話を聞いているだけなのに、それがよかった、という経験をしたことがある。こんな時にも、普段の自分が如何にお節介をしたり、又、偉そうに指導していることに気づかされる。今日も反省して、ちょっと文章を修正しました。
人は、謙虚になったときに、、、、、ですね。

 明日は、初任の先生の良いところを、一つは見つけて言ってあげよう。自分だって、初任の時、多めに見てくださったからのびのびとできたんだから。 

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教室の真ん中でー毎日の日記編

 帰りの会にはいつも書いている日記。去年までは、日記はこっそり家で書くものだと思っていた。でも家で書くと、一ヶ月すれば同じような内容になるから小学生はだめなんだと、先生は言う。それで、今年は、学校で毎日書いて帰る。一日のうちで、学校にいる時間が一番長くて、活動もいろいろだし、友達がいるから悩みも起こる。その時の出来事や気持ちを書いておこうということらしい。そういえば、去年の日記帳を見ると、今日はそろばんにいった、今日は、スイミングにいったというお稽古ごとと、友達とサッカーをしたことだけだった。親に怒られたことは隠すし、妹を泣かせたことも、書かなくてもごまかせた。
 今、僕のとなりに、A子ちゃんが座っている。障害児なんだ。でも、5年になって、授業中はちゃんと座って、黒板の字をひたすら写している。感想文や日記の時間は、必ず隣の子のノートを写すんだ。
 今は、僕の日記などを写している。別に、いつも、誰の隣でもそうだから文句はないはずだ。でも、今の僕は、日記を写されるのは嫌なんだ。A子ちゃんが誰かに言うわけではないんだけど、落ち着かない。いいようなものだけど、でも、嘘は書きたくない時間だから、それを写されるのは嫌なんだ。
 でも、今まで誰も拒否してこなかったから、僕も嫌とは言えない。ゆううつな時間。そして、嫌なことを説明できない自分が腹立たしい。だから、一度、A子ちゃんが見づらいようにうづくまって書いたんだ。すると、僕の頭を払いのけて、ひたすら写された。僕は、A子ちゃんがあきらめることはないのを知っているのに、怒ってしまった。本当は、そうやった自分に頭にきたんだ。
 みんなが僕を見た。僕は、まずいと思った。僕は、非難されると思った。でも、誰も騒がず、反対の席のB子ちゃんが、
「これ写しな。」
といって、A子ちゃんにノートを渡した。
  
 こだわった自分がさらに嫌になった。


 

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教室の真ん中でーお習字編

 黒板に貼られているお習字の作品の清書を先生がさっきからずっと眺めている。作品展に出す作品を選んでいるんだな、とすぐわかった。
 僕のクラスはお習字の上手な子が多い。
「ラブレターを書くときに、まさかワープロ使わないでしょ?字が美しくなくても、せめて丁寧な字で書けないと、嫌がられるよ。」
という先生の言葉を聞き流していた僕も、最近は、文字に自信ができている。毎日の漢字練習も、丁寧に書いた方が案外早く終わることもわかったんだ。先生は、書き順をマスターすると鉛筆が早く運べるんだよ、と、時々、みんなに書き順を復習してくれる。今年の作品展はねらって見ようと思い、いつもよりも真剣に練習したんだ。僕の作品も候補にあがっているのをちらっと見てから、教室の真ん中でドキドキしている。
 早く選んでくれたらいいのに、先生は、すました顔で給食を食べている。今回は先生が選ばずに、みんなの目で選ぶことにしたらしい。あの10人の中で僕ほど選ばれることを期待しながら給食を食べている子はいないだろうな。

 給食が終わって、10名のうち3名がみんなの投票で選ばれた。僕の作品も選ばれた。先生が、3名を呼んで、
「今日練習をして、明日の朝、2枚清書を提出してください。その中から2枚をまたみんなに選んでもらおうと思いますが、挑戦しますか?」
と、言った。僕は、張り切って練習用紙をたくさんもらった。

 でも、選ばれたのは、他の2名の作品だった。

 やっぱり、僕はお習字でもだめなのかとうつむいてしまった

 
 

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文字の氾濫、かな?

 かつて、同じ学年の(一緒に組んだーという)学年主任さんが、私の学級通信を読んで、
「すごい文字数だなあ。気持ちは良く話かるけど、こんなに文字が多かったら、お母さん方、読むの嫌になるよ。この4分の1でいいから少しずつ、印刷して毎日出せば、どお?」
と、アドバイスをもらったことがあります。
 なるほど、とも思ったけど、私は、持ったマイクはすぐ人譲れるけど、持ったペンは、なかなか置けない。それに、子育て中で、宿題をしている子どもの横だったり、教室での掃除の時間だったり、慌てて食べた給食の残り時間だったりする、合間を縫って、書いていた学級通信なので、毎日、という訳にはいかないなあ、と思った。

 自分の学級通信を見ながら、あーあ、こんな文字の氾濫している通信は読んでもらえないか、とみつめたことがあったが、そうだ、作品も紹介しよう、と、思いついた。挿絵がぱっと描ければいいんだけど、ないものねだりをしてもしょうがないからね。

 でも、案ずるより、、でした。学級通信は、クラスの子の様子をお知らせするものだから、関係者以外は、ただの文字の洪水のようなもの。クラスのこどもや、保護者の方にとっては、いつ、自分の子どもの名前が出てくるかわからないから、隅々まで、楽しみながら読んでくれる、ということだった。

 きらりと光る一行は心の中から出てくるもの。5年生になっての期待の作文から選んで載せた中に、そういう風に取り上げられたのは初めてで、とても喜んで帰ってきた、というこどもがいた。お兄ちゃん達が、結構優秀で、陰を潜ませていた末息子らしい。あんなに喜んで、学
校から帰ってきたことはなかった、といって私に報告してくださった。
私は、作文を読んで、ああ言い言葉だなあ、と思うところが、一言でもあったら、載せるようにしていた。これが簡単なようで、なかなか見つけられないし、又子どもの方も、その表現も出してこない。だから、その子がどんな子かわからないままに、取り上げたことでこんなに喜んでもらったことが、とっても励みになって、こどものことをお知らせすることが楽しくなった。、それと、全員の作品や、文章、出来事を載せようと配慮もしたよ。

 きらりと光る文章、で思い出した子がいる。、、またまた、文字の氾濫になってしまうので、又のbreak timeのときにでも。
 
 本当は、絵文字を入れようと試みたが、わからなかったんだ。これを、娘が見たら、この間教えたのに、、とあきれるだろうな。今のところ、このブログは、娘と、ブログに書いたらいいよと提案してくれた学生時代の友だちにしか教えていない。

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教室の真ん中でー友達

 蛍光色のジャンパーを着た僕が、いつもいつもうつむいていた訳ではない。昨日よりも、何か楽しいことが起こる予感がするクラスなんだ。
毎日毎日、がっかりすることばかりだったら、もう教室に入れなかったかもしれない。後から、友達に聞いた話だけど、僕のことをとても心配していたらしい。仲間と相談して、先生にどうしたらいいか相談したらしい。その時の返事は又今度、話すとして、とにかく、僕は、蛍光色なんか選ばなくても、友達なら、又、一緒に過ごしている担任なら、ちゃんと僕を見ていてくれていたんだ。それに気づかないで、一人で、本当に1人相撲をとっていた。、、それに気がついたのが、中学生になってから。それから、また、うまくいかないときがあって、高校3年まで同じように、挑戦しては、自分のげんかいを知らされ、悩んだ。
 でも、退学していく友達が多い中、僕は、いつも、小学校時代を思い出した。学校って、いろいろあるけど、友達がいるところ。自分を試せるところ。だめでうつむいていても、時間をくれるところ。こんなところを辞めてしまって社会に出ても、不安なままじゃないか?
 
 今の気持ちを聞いてもらいたいのは、やっぱり、僕を教室の真ん中に座らせぱなしだった担任の先生。高3の夏、塾の帰りに先生の家を訪ねて、カレーを食べながら、進路の相談をしながら、語った。あのカレーの味は忘れない。

 もう少し、僕の学校生活の話をきいて欲しい。僕の周りにはすてきな友達がたくさんいたんだ。その時は気がつかなかったけど、いや、認めたくなかったんだけど、僕も、その仲間だったんだ。

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教室の真ん中でー休み時間のいじめ編

 今、僕たちは、1人の友達を囲みながら校庭を歩いている。別にいじめている訳ではない。最近、6年生数人に靴箱で待ち伏せされ、いじめられる、と言うんだ。近所の子で、PTAの会長の息子だからといって生意気だ、と、言われるらしい。
 まず目撃した子が、先生に言いつけた。驚いた先生は、相手があきらまで教室にいなさい、と言った。すると、教室にまでやってきたんだ。先生は、トイレに行くのを止めて、ずっと僕たちと居てくれた。
 ああ、そうすればいいんだ、と思い、みんなで彼を1人にしないで、僕たちが一緒に居ることにした。どこから攻められてもいいように、彼を真ん中に入れた。じっとしているのもつまらないから、集団で、運動場を練り歩いた。他のクラスの奴らは、僕たちが彼をいじめているように思ったらしいが、6年生は、近づかない。目立つ集団にいじめに来る勇気はないようだ。
 先生は、初め、おもしろがっていたが、思ったより長引いたので、6年生の先生と相談してきた。その結果がどうしてサッカーの対抗試合になったのか、意味わかんねえよ。とにかく先生達が審判で、正々堂々と勝負しろ、と言うんだ。
 
 試合は、さんざんな目にあったよ。スローインでは、目の前にいた僕の顔をねらってボールをぶつけてくるし、ハイキックで、ボールを蹴ろうとするので危ない。でも、先生達は、平気な顔をして、イエローカードを連発していた。
 先生が、おもしろがっていると思ったけど、さすがに6年生の方も退場者が出てくると、試合に負けると思ったのか、反則しなくなった。
 3試合目には、両方ともサッカーを楽しんでいた。終了後は、胸を借りたお礼だと言って、5年の僕たちが後かたづけをすることになった。

 翌日の休み時間も、習慣化していたので、あい変わらず仲間8人でともだちを囲んで運動場に出たが、6年生は6年生でドッヂボールを楽しんでいて、僕たちに目もくれなくなっていた。
 この集団での練り歩きは、団結した僕らの象徴のような気がして、案外楽しんでいたけど、その日を境にして、僕らの遊びもどろケイに変わっていった。

 その一週間は、僕は、蛍光色のジャンパーをロッカーにつっこんだままだった。
 

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ストレスとは心の歪み

 健康を考える講演会に出席した。そこで、健康で120歳まで寿命を全うするための方法を聞いた。聞いただけで実行しないのは、わからなかったか、聞いていなかったかのどちらかだと言うことも他の講演会で聞いたことがあるが、とにかく納得したし、生き方の参考になった。
 そこでの話の中に、教育の話が出た。  

 ストレスとは心の歪みである。では、心は、どこにあるか。それは、胸にではない。心も機能と考えれば、脳の機能である。脳幹部にある本能の機能を教育したものが、心となっている。いい教育を受けたものがいい心、悪い教育を受けたものが、悪い心となる。と、、、何がいい教育か、とか、どこで受ける教育が子どもに一番影響を与えるのか、、等と、もし、そこに評論家がいたら、又これも理屈でねじ曲げられ、論点が違う方向に行くんだろうなと思いながら、私は私なりに、なるほどと納得した。

 教育は学校で、躾は家庭で、なんて分けるものではないし、押しつけあうものでもないことなのに、事件が起こったときに、ほとんど、学校の責任と、これからの改善点を話し合う方向になってしまうことがおかしい、と、ずっと思っている。でも、そうならざるを得ないことも理解している。家庭の問題です、と言えば、加害者や被害者の家庭なんだから、個人批判になってしまう。とりあえず、学校とか、教育課程の問題にしておけば、遠慮なく話せるから。でも、両方、問題点を抱えていて、事件になるんだろうから、これでは、解決にならないんだろうな、と思う。、、一番の解決の近道は、感謝と、笑顔、だろうなと、私は思うけど、こんな思いは全国に広がらないから、、、でもいいや、そう思う気持ちは持ち続けよう。

 今、外は、春の嵐。今日は、晴れているはずなのに。先週も、家でブログに夢中になっていて、急な嵐に気がつかず、洗濯物をぬらしてしまった。今日は、雷に気がついたので、早めに取り込んだから大丈夫。
 この春の嵐、春雷、と言う言葉や、花冷え、小春日和、なんて言葉を今の若者はどのくらい使うだろうか。先日、美容院で、女の子に、桜がまだきれいね、でも、今日は、花冷えするね、と言ったら、初めて聞いた言葉だと言った。

 今の若者、と言うか、今のお母さんが使わないから、その子どもが知らないんだなあと、思う。これも教育を考える一つの課題だなあ。
 急に、晴れた空から雨が落ちてきて、私の子どもの頃には、狐の嫁入りだあ、と誰かが言うと、どんな花嫁さんかということを想像しながら、雨にわざと当たっていたものだ。それが楽しい思い出として心に残っているから、自分の子どもに話して聞かせた。そういう語らいの積み重ねが、心を育む。

 娘をおんぶして真っ暗な我が家に夕方帰り着き、ああ、誰か先に家に帰って電気をつけていてくれたらなあ、と思っていたら、背中の娘が、
「あーチャン、おちゅきさま飛んでるねえ、どこにいくのかなあ。」
と言った。その時に、お月様なんか、飛ばないよ、なんてことを教える必要はないんだよね。
 保育園へ送って行くときには、道ばたの花のことをよく話題にした。名前がわからないから、図鑑を買ってきて一緒に探したりした。
 まだまだ、思い出があるが、これらが、心の教育になっているんだ、と思う。

 保育ママさん、隣の席の子、先輩、後輩、隣の家のおばさん、道ばたで会った方、学校の先生、学童の先生、おじいちゃん、おばあちゃん、そして友達、友達の姉妹、自分の姉妹、そして、私たち両親。なんとたくさんの人に娘達は育てて頂いているんだろう、と、このブログを書きながら、又、感謝の気持ちでいっぱいになります。

 まとめよとしないで終わります。外が晴れました。

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教室の真ん中でー自分の位置

 秋の運動会のリレーの選手選びにも僕は、選ばれたい一心で臨んだが、3位に終わり、選ばれなかった。お習字も、3位だった。別にクラスの中で、僕を馬鹿にしたり、先生が競争ばかりさせていたわけではない。ただ、何でもやればできると思ったことに、ちょっと人数制限があったので入れなかっただけなんだが、いつも、もう少しのところでだめなので、他の人より、がっかり度が大きかったんだ。きっと。
 5年生では、その後のマラソン大会でも、上位入賞にはならず、僕は、人の後にくっついて、イライラしながら、生活していたなあ。

 後、僕が挑戦したのは、成績だが、これも又、クラスには、あたまのいい友達が何人かいて、たちうちできなかった。でも、先生が、いつも
「100点を目指して、勉強するけど、100点とったからって偉そうにするんではないよ。たまたま知っているところ、覚えたところかもしれないからね。でも、100点とると、この範囲は理解できたと、安心するよね。先生の心配するのは、0点です。0点とられたら、この子はどこまでわかってないんだろうと、心配するから、お願いだから、0点はとらないでね。」と言っていた。だから、全く勉強しない子はいなかった。だいたい、私語をしたら、いじわる算数が待っているから、真面目に勉強したよ。成績は全員が100点目指すから、人と比べなかった。また、わかる子が授業中教えていいことになっていたから、一番でない僕も活躍できたよ。
 
 からまわりしながら、それでも挑戦し続けると、自分が見えてくる。でも、はっきりしないまま、5年生が終わり、、春が来た。
  
 6年生の春。先生の家の引っ越しの手伝いから始まった。
 

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育てることの難しさ

 小学校の場合は、一年生から順番に6年生までの担任になるわけではない。中学は一年生を受け持ったグループが2年、3年と持ち上がって行くことが多いようだが。だから、5,6年を担任した後、一年生の担任になったり、1年から急に5年になったりしたことも何度かある。
 その時、よく発達度を理解して指導にあたらないと、ついつい手を貸しすぎてお節介になり、自主性が育たなくなったり、逆に、できるだろうとうっかりしていてまだまだ無理だったことに後で気づく、なんてこともよくあった。

 今日、一週間ぶりに学校の仕事に行った。
 
 登校中、毎朝、地域の老人会の方が、見守ってくださっている。その方に挨拶すると、笑顔が返ってくる。そのすぐ後、お母さんから離れられなくて、ぐずぐずしている1年生の男の子に出会った。
「おはよう、どうしたの?先生と一緒に行こうか?」
と声をかけて、手をつなぐと、握り替えしてきた。
 お母さんの方を振り向いて、会釈をしてから、先生のことまだ知らないだろうけど、大丈夫よ。先生も、学校に行くんだからね、と言って歩き出すと、一緒についてきた。
 校門を入ると、恥ずかしくなったのか、手を離した。でもやっぱり、だんだんと、足が進まなくなっていたので、様子を見ていたら、上級生のお兄さんが声をかけてくれた。
「優しいお兄さんね。連れて行ってくれる?}と言って、後は、任せた。なかなかいい子達だ。

 育てる難しさを感じたのは、その後。初任の先生の子どもの接し方を見ていて、今、どこまで任せるべきか、待つべきか、一日悩みながら、声をかけた。風邪をひいて声が出ないらしく、注意すべきことも見逃している。かわいそうなくらい、疲れた様子。
 5時間目の私の授業が終わって次の連絡をしていたときに、後ろで黒板に落書きをしている子が二人。とっさに、「落書きをしては、いけません。」と怒った。一日、手こずらせた子達だったが、慌てて消していた。女の子が、先生って厳しいね、っていったので、「そうよ、厳しいのと、意地悪なのは違うからね。」と答えた。「そうだね、でも、先生は、厳しい方がいいんだよね。」と、2年生の子に言われた。

 その会話を聞いていた男の子達も、おとなしく帰りの支度をし始めた

 とても落ち着かない子ども達のようだが、けんかはしないし、やり始めると、作品も丁寧で立派なものが仕上がる、何より、担任の先生が大好きなようね。その気持ちは宝物だから、大切にね。でもね、先生は、先生であって、友達ではないことを知っておくといいよ。とだけ、言った。今が、どの先生も、忙しく、クラス作りで四苦八苦するときだから、頑張ってね、と。
 
 黙って見守ることも、本当に難しい。と思いながら、夜、借りてきたDVDを見た。
 「ロボッツ」、、を見た。疲れたので、単に息抜きで、選んだ。
 でも、最後に、聞いたセリフに感動。

「お父さんは、僕に何も与えられなかったと言ったけど、最後まで僕を信じてくれた。」

 信じていないと、口出しするんだなあ、と気がついたよ。

教室の真ん中でー始業式

 先生の家の引っ越しを何故か手伝うことになった。日曜日は野球やサッカーをやっている子は手伝えない。何にもやっていない僕と、真面目で優しいI君と、彼の友達のO君が隣のクラスなのに手伝いにやってきた。
 ダンボールを何十個運ばされたかわからないが、夕方終わったときに、みんなでお寿司をご馳走になった。まだ、新しい担任発表がないままなので、会話が詰まる。もう6年生になったら、席替えで、先生のやりたいように僕を座らせていいよ、と言いたいけど、わさびがむせて、言えなかった。

 始業式の日、みんなが先生の表情を読み取ろうと必死で顔を見ているけど、先生は、知らん顔している。その時、とてもおとなしいB君も先生が持ち上がりかどうか心配になったのか、校門のところで先生を待っていたことを思い出した。
 僕は、すねていることをみんなに気づいて欲しくて、蛍光色のジャンパーを着たりしたけど、彼は、自己主張しないで、いつも、みんなの様子を眺めていたなあ。彼が、どんなことを日頃考えているのか、僕だけでなく誰も気にしなかった。ただ、集会なんかで楽しいときに、うっすらと笑うのを見て、楽しんでいることがわかったくらい。でも、先生は彼にどう接していたんだろう。自分のことしか見えてなっかたなあ。
 あんなに心配そうにしていた彼のことが気になり、担任発表を聞き逃してしまった。でも、みんなにピースサインをやっと出してくれた先生を見て、わかったよ。
 
 少し暑くなったから、もうあのジャンパーも着るのを止めようと思っていたところだったので、その日を境に、僕は、あのジャンパーを脱ぎ捨てた。

 

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ぼた餅作りに夢中ー母の味

 おはぎ、と書こうとして、今は春だから、ぼた餅なんだと気がついた。とにかく、今日は何故かぼた餅作りをしている。
 子どもの頃、母が、たくさん作ってくれていたお菓子。桜餅や、かしわ餅、ぼた餅や、醤油餅。蒸しパンやシュークリームもそのうちレパートリーに加えられたが、いつも半端な数ではなっかった。おなかいっぱい食べても母は嬉しそうだったし、私も太らなかったので、何個も食べたことを思い出す。蒸しパン以外全部私の苦手なもの。作るのが大変そうなもの、と思っていたけど,友達が簡単そうに作っていたので、母に作り方を聞いた。
 電話で相変わらず、何を聞いても、答えてくれる。でも少しずつ老いて行くのを感じるので、今のうちに母の味を自分のものにしておかなくては、と、最近はちょっと焦っている。
 今は、作らなくても何でも売っている。でも、あんこの甘さは、家庭の味だと、最近思うので、今日は、小豆から煮た。私の味を子どもに伝えたいのと、あんなにたくさんのお菓子を一度に作って、ご近所にも分けたり、ご飯もいらないくらいたくさん食べたりした思い出を娘達に味あわせたいと思うからだ。

 でも、もうダイエットを意識する年齢になってしまったことを少し、後悔。、、、でも、私のチーズケーキは、お母さんの味となっている。今、何故、和菓子にこだわっているんだろう。きっと、もうすぐ母が80歳になるのに気づいたからかな。

 本当はそんなことを書く気はなかった。小豆がすぐ煮えると思ったのが3時間たっても柔らかくならない。もしかして、小豆も一晩水につけないといけなかったのでは?きっとね。おかげで、今日は一日、外に出られなかった。、、やっぱり、和菓子は簡単ではないよ。

 (でも、結局15個作って、友達の家に持って行き、残りは、ご飯の変わりに食べました。)あっ、そうそう、母に聞いたけど、餅米だけで作ったらすぐ硬くなるから、うるち米を加えてふつうに炊飯器で炊くといいって。もうすぐ子どもの日。柏餅はどうやって作るんだろう。インターネットでも調べられるけど、母に電話で聞いてみよう。母の認知症予防にもなるかな?

教室の真ん中でービデオ視聴

 ちょうど僕たちの年齢と同じ少年の物語を、先生はよく紹介してくれた。本もよく読んでくれた。
 6年生になって、あるビデオを見せてくれた。みなみらんぼうさんが書いた小説を映画化したものだった。5年生の時に先生が映画を見て是非みんなに紹介したいと言って、本を買ってきてくれて、みんなで回し読みしたものだった。僕は、何となく借りづらくて、読んでいなかった。
 視聴覚室が立派になり、せっかくの設備を堪能させてあげたいと言って、よく、そこに連れて行ってくれて、ビデオ視聴や、カラオケ大会、朗読発表会などを行ってくれた。戦争をテーマにしたアニメのビデオもいくつか見せてくれた。

 そのビデオの内容は、5年生で同じクラスになり、何となく気があって、友達になった3人の少年の2年間の話。その主人公が、僕に似ていた。びっくりした。頭のいい優等生タイプの子と、運動も勉強も苦手で失敗ばかりしているが、陽気で、憎めない子と、何でもふつうにできるが、自分が何をしたいのかもやもやとしながら過ごしている子達3人がいろんないたずらをしたり罰を与えられたり、、、、いろんなことが起こるんだ。
 6年生になって、何だかしっくりいかなかった関係が、あることから、最後には、頼りになる仲間なんだと言うことが確認できる、という、思春期に入りかけた僕たちの心を写しだしてくれたビデオだった。

 そのビデオを見て、何だか、ちょっと僕の前のもやが、晴れだしたような気がした。僕だけではないんだ。みんないろんな形で悩みがあるんだ、と言うことだけ知った。でも、それだけでも、何だかほっとしたんだ。

 そのあと、写生大会があった。先生が描写に適したアングルをいろいろアドバイスしていたが、その声を無視して、初めていつもの仲間でない別のグループに入って一日を過ごした。勉強は苦手で、いつも先生に注意され、あきれられている仲間。でも、明るくて、幼くて、陽気な仲間。その中に入って、気楽に過ごしたいと思っていたことが、あっさりとできた。そのグループをクラスの友達や先生が白い目で見ているわけではない。集会や体育の時は活躍するグループ。それを認めていなかったのは、結局僕だけだったのかも。一日そのグループと、いい天気の空の下で、あまり絵に没頭しないまま、神社の境内を走り回ったりすることがとても楽しかった。、、絵は仕上がらなかったけど、先生が、もうしようがないね、とぼやきながら放課後僕たちを残すのも楽しめた。

 いろんな心を持った友達がいることに気づかせてもらえたビデオを僕は、忘れない。

 先生の独り言、、、あのお気楽そうな陽気なグループのリーダーの男の子は、5年生になって少したったときに、私のところに夕方電話してきた。塾の帰りのはずなんだけど、さぼったんだ。先生、僕淋しいよ、と言っていた。私が風邪をひいて休んだら、友達とお花を買ってお見舞いにきてくれたんだよ。優しい子だよね。これは、内緒の話です。

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教室の真ん中でー読書編

 図書の時間に先生が読んでくれた本が感動的で、涙が出そうになったときに時間になって、途中で終わってしまった。続きを知りたい人は、図書室で借りて、読んでくださいと、言われた。いつもは、帰りの会で、読んでくれたりするのに、今日はだめだと言われた。会議があるからだめなのかと思ったら、ここからがいいところで、昨日先生は、家で読んだら、泣いてしまったから、みんなに読んであげられないんだ、と言うことだった。2〜3年前の課題図書だから、たくさん図書室に置いてあるから、借りた人も何人かいたようだった。

 給食の時間になって、1人足りないことに気がついた。前回登場した、お気楽な楽しいグループのリーダーがいなかった。だからよけいにみんな心配して、何人かが探したけど、いない。彼が行きそうな場所、
つまり、プレイルーム、視聴覚室、体育館、保健室、最後に運動場まで探した。どこにもいなくて、先生が、まさか、と思って図書室を見に行ったら、本を読みながら教室に帰って来ていた。あのほんの続きを読んでいたらしい。
「給食の時間だってこと、忘れてた?」
と、先生が言うと、
「先生、感動するね。お母さんにも読ませてあげようと思って借りるんだけど、今日のうちに読まなくては貸せないんだ。」
と言った。

 みんなもびっくり。彼が、給食よりも夢中になるなんて。

 そんなことがあってから、図書の時間は、先生に、どの本がお勧めか、みんなが聞くようになった。
 そのうち、先生も図書の時間に、ひとりひとりに答えるのは効率が悪いと言って、帰りの会で、本の紹介コーナーを設けるようになった。
 
 でも、みんなが一番興味を示す本は、やっぱり、時々先生が時間を見つけて読んでくれる本だった。

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懐かしい学級通信の中からー修学旅行

 教室の中のみんなを見ていたら、大人である自分もよく見えてくることが楽しかったことを思い出す。懐かしくなって、この蛍光色のジャンパーを着た子のクラスの学級通信を引っ張り出した。
 ちょうどこの頃、修学旅行だったので、その時の彼の様子を書いた部分を、抜粋してみたい。

<修学旅行の夜>
 次の日の見学の時に、一番ばてていたA君の場合、同じ部屋の5人で、こっそりと懐中電灯をつけてUNOをやっていました。見つけたのは11時半。もう眠っている人のじゃまをしないで、小さな部屋の方で障子を閉めて遊んでいたので誉めようとしたら、
「だって、隣の部屋でも遊んでいるよ。」
と言ったので、
「人のせいにするんでないの。」
と、結局怒ってしまった。
その後、12時半に見回った時も遊んでいたので、
「明日は3時間歩くんだから、もう寝なさい。」といった。
 そして、心配な子がいたから朝の5時に見に行ったら、まだ遊んでいたので、あきれて、全員布団の中に押し込んで、私も隣の空いている布団に寝たふりをした。すると、すぐ全員寝てしまいました。
 でも、その後、6時に起こされたんですよね、朝の体操のために。

 結局、その夜、一番睡眠不足で、我がクラスがお世話になったのは、隣のクラスのY先生。そのY先生は、翌日の見学でも、バテずにガイド役をしっかりこなしていました。
 帰りの列車で、真っ青な顔をして、今にも倒れそうに、ボーと座っているA君に、Y先生のことを話し、
「先生だって(私のこと)二日酔いで頭が痛くても、しっかりと授業をしているでしょう。大人って大変なんだよ。自分がどの辺まで羽目を外してもやっていけるか、だめなのか、いい体験になったね、、、」
と言うと、
「はい。」
という返事。

 修学旅行中、私の子どものお世話に来てくれた実家の両親にこのことを話すと、
「子どもにろくなことを言うんじゃないよ。」
としかられました。
 もう酔っぱらって、お便りを書くのもよそう、と反省。


 ここまでが、学級通信の中のA君の様子を書いたものでした。
 ああ、そんなことがあったなあと懐かしく読み返しました。

 

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ゴールデンウィークの人混みの中で

 どこから人が沸きだして来るのだろうかと思うほど、どこに行っても人だらけ。この30年近く、この時期に出かけるのは疲れるだけ、と言うのを3回経験していたから、もっぱら家にいるか、近くで飲んでるか、近くの散策で終わらせていた。
 でも、今年は、何故か、3回も出かけてしまった。

 29日は、鎌倉の牡丹園の鑑賞。
  3日は、上高地へのバスツアー。向こうに着いたのが午後4時で日      帰り。
  5日は、茨城の海浜公園にチューリップを見に。

 自分でもあきれるくらい、みんなの誘いに乗って、計画、実行してしまった。

 大変な交通渋滞の中、ついた先々で、やはり人、人、人。いろんなことに出くわすが、今日は、疲れて帰っていいことだけ二つ。

 集合場所に向かう電車の中、高校生の男の子達4人が乗ってきて、私の周りに、どかっと座った。それぞれ好きなことをしている。大声で騒いでいるわけでもないが、1人、携帯から音楽を出して?聞いていた。大きな音でずーと。
 私も、初めはいい音だなあと思って、聞いていたが、たまたまその周りの大人は私だけ。ちょっとみんなに迷惑なのでは、、と思い、思い切って注意した。
「いつまで、音楽、聞きたい?」
と聞いたら、
隣の男の子が注意して止めさせ、私に、
「マナーてやつですか?」
と言った。
「そうね、やっぱりね、電車の中だから、音が大きすぎるわね。おばさんは、いい音だなあと聞いていたけど、頭のいたい方も居るかもしれないから。」
と、言った。すると、その男の子が、心配そうに私を見て、
「おばさんは、頭が痛いですか?」と。すると、前に座っていた男の子がウオークマンをはずしたので、
「あなたは、それ、聞いてていいのよ。」と、又余計なことを私が、言った。
「いやいや、僕ももう、止めようと思っていたので。これってモラルですか?」
「うーん、あなた達は、マナー。おばさんが注意するのが、モラルかな?」

 話してから、何で私は、自分のことを、私って言わなかったんだろ、自分でおばさんにしているよ。でも、我が子よりも小さいというか、年下なんだよな。と、思って、かわいいと思ったが、展開によったら、怖かったかも。素直に聞いてくれて、ほっとした。

 又、今日出かけた先で、もう疲れてのどが渇き、やっと並んで買い求めたブラッドオレンジジュースを座ったとたんにこぼしてしまった。情けないやら、でも、後の人の為に拭き掃除をして、容器を返しに行った。だめもとで、
「今、ブラッドオレンジジュースをこぼしてしまったの。のどが渇いていて、とても残念。又並ばないといけないのよね。ショック。」
と言ったら、若い男の子が、先輩に相談してきて、代わりの新しいジュースを出してくれた。もう、その場で、1000円払ってもいいくらい感謝した。お金ではなく、有り難うと言って、丁寧にいただいた。

 人混みで、ともすれば、イライラして嫌な思いをして帰ってくることになったかもしれないのに、2件ともいい思い出に残る出来事となった。これも、私が、美人な女性って訳ではなく、笑顔で、気持ちを伝えたからかなあ、、、と思った。

 どちらにしろ、若い男の子達に感心した連休でした。
 出かけて良かったかな。


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